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札幌高等裁判所 昭和35年(う)160号 判決 1960年12月05日

控訴人 被告人 和田松ヱ門 外三名

弁護人 山根喬

検察官 竹平光明

主文

原判決中被告人和田松ヱ門及び被告人久野専一郎に関する部分を破棄する。

被告人和田松ヱ門を懲役六月に、被告人久野専一郎を懲役四月に処する。

ただし、この裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予する。

押収にかかる現金四二、二六〇円(証第一五号)は、被告人久野専一郎から没収する。

被告人久野専一郎から金九七、七四〇円を追徴する。

被告人石川清一、被告人大嶋勝位の本件各控訴を棄却する。

原審における訴訟費用中証人波塚熊一、同小森由次郎、同山城瀬喜男、同扇原福治、同尾井清治及び同林丈太郎に支給した分は被告人和田松ヱ門の負担、証人慶松貞幹に支給した分は被告人久野専一郎の負担、証人土門弘及び同古川芳次郎に支給した分は被告人和田松ヱ門及び同久野専一郎の連帯負担とし、当審における訴訟費用中証人波塚四郎一に支給した分は被告人大嶋勝位の負担、その余は被告人四名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、各被告人の弁護人山根喬提出の控訴趣意書記載のとおり(事実誤認)であるから、これを引用する。

論旨第一点について。

所論は、要するに、原判示第一、第二、第三、第五の一の各金銭は和田松ヱ門後援会の設立事務費として授受されたもので、原判決認定のように買収費を含むものではなく、且つ右後援会の設立は法の許容する選挙運動の準備行為であるから、その設立事務費の授受は公職選挙法に違反するものではないというにある。

よつて調査するに、原判決挙示の証拠によれば、すでに原判決も詳細に認定しているように、昭和三四年二月中空知郡上富良野町及び中富良野村において和田松ヱ門後援会と称する団体が結成式を挙げたこと並びに本件一〇万円及び五万円の現金が被告人和田によつて支出され右後援会の運動資金名義で被告人等の間に授受されたことは認めることができるが、右各現金は所論のように事務費のみとして授受されたものとは認められず、原判示趣旨の下に饗応等による買収費を含むものとして供与又は交付されたものであることが認められる。そして、このように公職の侯補者となろうとする者を支持推薦する団体の設立自体が所論のように正当なものであるとしても、そのことによつてその団体の運動資金として金銭を授受する行為がすべて正当化されるものではなく、その行為が公職選挙法罰則の構成要件に該当する限り犯罪の成立を阻却するいわれがなく、しかも、右和田松ヱ門後援会なるものが、後援会とはほとんど名ばかりであつて、その実質において、被告人等が被告人和田の当選を得る目的をもつて饗応接待等を含む手段により行なう法定期間前の選挙運動を偽装する組織にすぎなかつたこともまた原判決挙示の証拠によつてうかがうに足りるところであるから、被告人等の行為が選挙運動の準備行為にすぎないもので選挙運動ではないとか正当な行為であるとかいうことはできない。また、所論各被告人の検察官及び司法警察員に対する供述調書が任意性又は信憑性を欠くものとは認められない。従つて、この点において原判決には事実誤認又は法令適用の誤は存しない。論旨は理由がない。

論旨第二点について。

所論は、要するに、原判示第五の二及び第六の各会食はいずれも会員の割かんによる負担において行なわれたもので、饗応接待ではないというにある。

しかし、原判決挙示の関係証拠を総合すると、原判示第六の前川旅館における会食に際し、被告人大島が割かんにするというような趣旨の発言をしたことは認められないではないが、この会合が本来被告人石川の依頼に基づく被告人大島の招請によつて開かれたものであること、後援会結成式の挨拶ないし議事を利用して被告人石川、同大嶋等から被告人和田のための投票及び選挙運動の依頼がなされ、これに引き続いて本件酒食が提供されたこと、出席者中被告人大島の前記発言を聞いた者でも真に割かんにより支払をする意思を起した者がなく、かえつて皆御馳走になるものと思つて飲食しており、現に誰一人当日又はその頃支払をした者がないこと、主催者側である被告人大嶋等において出席者の氏名を確認せず会食費徴収の時期、方法も全然定めていないこと等が認められ、これらを総合すれば、割かんというのは被告人石川、同大嶋の真意でなく仮装であり、出席者においてもその情を知つて飲食したものであつて、本件会食は右被告人等による饗応接待と認めるのが相当である。

次に原判示第五の二の岡田旅館における会食についてみると、原判決挙示の関係証拠を総合すれば、この会食は当初から会食者間において会費制を仮装して被告人大嶋が飲食物を提供することの了解の下に行われたものであつて、右仮装のため架空の領収書も作成され、実際には被告人大嶋が即日飲食費全額を支払い、会食者に対し後日会費を徴収する旨を告げておらず、会食者の氏名も確認していないことが認められるから、被告人大嶋による饗応接待と認めるのが相当である。従つて論旨は理由がない。

論旨第三点について。

所論は、要するに、被告人和田等の原判示第九の所為は、前記後援会の会員に対する挨拶に赴いたのであつて投票を依頼しに訪問したのではないというにあるけれども、原判決挙示の関係証拠を総合すれば被告人和田が原判示三名と共謀の上投票を得る目的をもつて原判示のように戸別訪問をし、投票を依頼したことを認めるに十分である。論旨は理由がない。

次に職権により原判決の法令適用の当否に関し調査するに、原判決は、被告人和田の原判示第一の一、二の各所為及び被告人久野の原判示第三の一、二、三の各所為に対し公職選挙法第二二一条第三項を適用して処断していることが明らかである。しかし、同項にいう「公職の候補者」とは同法第八六条の規定に基づく立候補の届出又は推薦届出のされた者を、「出納責任者」とは同法第一八〇条の規定に基づく選任の届出のされた者をいい、いずれも同法第二二一条第三項所定の罪を犯す当時すでに右各届出によりその地位を有するに至つているときに限り同項の適用があるものと解すべきである(最高裁判所昭和三四年(あ)第一一九〇号、同三五年二月二三日第三小法廷判決、判例集一四巻二号一七〇頁参照)。これに反し同項に「選挙運動を総括主宰した者」というのは、特定の者に当選を得しめる目的をもつてその選挙運動に関する諸般の事務を事実上総括し指揮した者をいい、その事実のある限り当該候補者の立候補の届出又は推薦届出のされる前であつてもこれに該当するものと解するのが相当である。原判決は、被告人和田は本件選挙に立候補し落選した者、被告人石川は被告人和田の選挙運動を総括主宰した者、被告人久野は被告人和田の出納責任者であると認定しているところ、挙示の証拠に徴すると、被告人石川は本件犯行当時選挙運動を総括主宰していた者であることが認められるが、原判示事実からもうかがわれるように、被告人和田が推薦届出により、被告人久野が出納責任者選任の届出により各候補者又は出納責任者としての地位を有するに至つたのは(昭和三四年四月八日)、同被告人等の前記各所為の後であることが明らかである。従つて、原判決が被告人和田及び同久野の右各所為に対し前記法条を適用したのは法令の適用を誤つたもので、その誤は明らかに判決に影響を及ぼすものといわなければならない。

よつて被告人石川及び同大嶋の本件各控訴は理由がないので刑事訴訟法第三九六条によりいずれもこれを棄却し、同法第三九七条第一項、第三八〇条により原判決中被告人和田及び同久野に関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書により右両名に対し更に次のとおり判決する。

原判決が適法に認定した罪となるべき事実中被告人和田及び同久野に関する部分に法令を適用すると、右両名の原判示所為中被告人和田の各金鉄供与の点は公職選挙法第二二一条第一項第一号に、戸別訪問の点は同法第二三九条第三号、第一三八条第一項、刑法第六〇条に、被告人久野の各金銭受供与の点は公職選挙法第二二一条第一項第四号に、金銭交付の点は同項第五号に、両名の各事前運動の点は同法第二三九条第一号、第一二九条(原判示第九の所為についてはなお刑法第六〇条)に該当するところ、右各金銭供与、金銭交付、個別訪問とこれに対応する各事前運動とはそれぞれ一個の行為で数個の罪名に触れる関係にあるので、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により重いと認められる各前者の刑をもつて処断すべく、所定刑中各金銭供与、各金銭受供与及び金銭交付の罪については懲役刑を、個別訪問罪については禁錮刑を選択し、両名につき以上はそれぞれ同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により最も重いと認められる被告人和田につき原判示第一の一の、被告人久野につき同第三の一の罪に対する刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人和田を懲役六月に、被告人久野を懲役四月に処し、情状により両名に対し同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日からいずれも二年間右刑の執行を猶予し、押収にかかる現金四二、二六〇円(証第一五号)は被告人久野が原判示第三の一の所為により収受した現金一〇〇、〇〇〇円の一部と認められるから公職選挙法第二二四条前段により同被告人からこれを没収し、右一〇〇、〇〇〇円の残部五七、七四〇円及び同被告人が原判示第三の二の所為により収受した現金五〇、〇〇〇円のうちその利益に帰したと認められる金四〇、〇〇〇円は費消されて没収することができないから、同条後段によりその価額合計金九七、七四〇円を同被告人から追徴することとする。

よつて訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢部孝 裁判官 中村義正 裁判官 小野慶二)

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